止めずに直す、という考え方
原子力発電所の点検は、これまで定期事業者検査に合わせて原子炉を止めて行うのが基本でした。運転中保全は、その逆です。プラントを動かしたまま、多重に備えられた安全設備のうち1系統だけを一時的に外して点検し、終わったら戻します。海外ではオンラインメンテナンスと呼ばれ、米国では一般的な手法です。
成り立つ理由は多重性にあります。非常用ディーゼル発電機や高圧注入ポンプのような安全設備は、1台が使えなくなっても機能が失われないよう複数系統で備えられています。1系統を外している間も残りが待機しているため、外している時間が十分に短ければ、プラント全体のリスクの上がり方はごく小さく収まる、という整理です。
LCOとAOT──2つの言葉が枠を決める
運転中保全を読むときに欠かせない略語が2つあります。LCO(運転上の制限)とAOT(措置の完了時間)です。
LCOは、多重の安全機能を確保するため、予備も含めて動作可能な機器の必要台数などを保安規定で定めたものです。一時的にこれを満たさない状態になると、事業者は「LCOからの逸脱」を宣言し、速やかに修理などの措置を行う義務を負います。措置を講じれば保安規定違反にはあたりません。
AOTは、その逸脱状態でいられる時間の上限です。英語のAllowed Outage Timeの略で、設備ごとに定められています。運転中保全は、このAOTの範囲内で作業を終えることが前提になります。
| AOTの区分 | 対象となる設備の例 |
|---|---|
| 72時間未満 | 非常用炉心冷却系(ポンプ本体簡易点検、電動機簡易点検など) |
| 72時間 | 化学体積制御系(充てんポンプ両系)、計測制御設備(原子炉保護系) |
| 10日 | 加圧器ヒータ、加圧器逃がし弁、主給水隔離弁など |
| 30日以上 | 原子炉補機冷却水系、非常用ディーゼル発電機、非常用直流電源系、中央制御室非常用循環系など |
| LCOの設定なし | 外部電源(予備変圧器本体点検など)、代替注水ポンプ系(重大事故等対処設備) |
AOTが長い設備ほど、運転中に手を入れる余裕があります。逆に72時間未満の設備は、作業を分割して短時間で終える計画が要ります。区分は原子力規制庁が2026年3月18日の第66回原子力規制委員会に示した資料の整理によります。
なぜ「やむを得ない場合」に限られていたのか
現行の保安規定審査基準は、LCOが設定された設備について、予防保全を目的とした保全作業を運転中に「やむを得ず」行う場合の事前措置だけを定めていました。原子力規制検査制度を導入したときのパブリックコメント回答でも同じ考え方が示されています。計画的に運転中保全を行う場合の規定は、どこにもありませんでした。
規制庁はこの状態を見直す理由を、規制の性格から説明しています。運転中保全が計画的に行われることで安全上のメリットがあるのであれば、原子力施設の安全確保の一義的な責任は事業者にあることを踏まえ、規制側が具体的な制限を規定する形をやめ、事業者の自主的な安全性向上の責任に帰したうえで、それを原子力規制検査で監視する形が、パフォーマンスベースト・リスクインフォームド規制の観点から望ましい、という整理です。
3回の現場実証で確かめたこと
この検討の特徴は、実際のプラントで確かめた点にあります。規制庁は3回の現場実証を行いました。
| 回 | プラント | 待機除外させた設備 | 系統の位置づけ |
|---|---|---|---|
| 第1回 | 伊方3号機 | 非常用ディーゼル発電機3B | サポート系 |
| 第2回 | 伊方3号機 | 高圧注入ポンプ3B | フロント系 |
| 第3回 | 大飯3号機 | 原子炉補機冷却水ポンプ1台 | サポート系 |
設備としては炉心へ直接注水するフロント系と、それを支えるサポート系の両方を、作業としては機械系と電気系の両方を対象にしており、実施可能性を確かめる網羅性はあると規制庁は評価しました。結果は「現行のAOTの範囲内で行われる運転中保全について、現段階で保安規定の変更を要する安全上重要な課題や問題点は見いだされなかった」というものです。
リスクの大きさは確率論的リスク評価(PRA)で測りました。内部事象・地震・津波のPRAは事業者、内部火災・内部溢水のPRAは規制庁が評価しています。いずれの結果も、米国原子力規制委員会(NRC)のREGULATORY GUIDE 1.174 Rev.3が定める領域のうちRegion III(非常に小さな変化)に相当することを確認しました。
安全上のメリットも定性的に挙げられています。熟練作業員の活用、作業環境の改善、若手作業員の育成機会の増加です。定期検査の時期に作業が集中すると、限られた期間に大量の人員を動員することになり、ヒューマンエラーの余地が増えます。年間を通じて作業を分散できれば、その圧力が下がるという考え方です。
2026年9月2日に了承された改正案
原子力規制委員会は2026年9月2日の第30回会合で、保安規定審査基準の一部改正案と意見公募の実施を了承しました。改正案は、実用炉規則第92条第1項第18号(発電用原子炉施設の施設管理)に新しい号を設けます。
| 新設する規定 | 施設管理実施計画にもとづき運転中に予防保全を行う場合、AOT内に完了すること、必要な安全措置を講ずること、あらかじめPRA等で措置の有効性を検証することを保安規定に定める |
|---|---|
| 意見公募 | 2026年9月3日から10月2日までの30日間(e-Govおよび郵送) |
| 検査ガイド | 基本検査運用ガイド「作業管理」をBM0110_r2からr3へ改正。作業計画段階・実施段階の確認項目を追加 |
| 検査体制 | 日常検査を基本とする |
| 施行期日 | 意見公募手続後、委員会決定の日から施行 |
改正後の流れはこうなります。事業者が施設管理実施計画に運転中保全の対象機器を位置付け、その計画が原子力規制検査の確認対象になります。規制庁は2026年8月26日に原子力エネルギー協議会等と面談し、事業者が記載の明確化のために保安規定変更認可申請を提出する予定であることを確認しています。
読むときに気をつける3点
第一に、AOTそのものは変わっていません。今回の改正は、AOTの範囲内で行う保全を「例外」から「計画に位置付けるもの」へ移す変更です。AOTを延ばす議論とは別のものとして読み分ける必要があります。
第二に、意見公募を経て確定します。9月3日から10月2日までの意見公募のあと、提出意見への考え方とあわせて改正案が改めて原子力規制委員会に付議されます。この日に決まったのは改正案と公募の実施までです。
第三に、実施の可否は事業者の準備に依ります。電力中央研究所の運転中保全ガイドラインが学協会規格に沿って策定・活用されており、現場実証を行った2社以外でも実施可能な環境は整っていると規制庁は評価しました。ただし手順書の改定など、各社が経験を積みながら運用を改善する余地があるとも指摘されています。